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「政低・経高」の世界に潜むリスク

難しいところです。

 

リーマンショック10年の教訓 岡部 直明

 2018年の世界は、「政低・経高」で始まった。世界経済は、株高や雇用改善で好調を持続し、人工知能(AI)や電気自動車(EV)化など新産業のうねりもみられる。世界同時好況の様相である。その一方で、トランプ米大統領の自国本位主義による「トランプ・リスク」が国際政治を揺るがしている。グローバル化を背景にポピュリズム(大衆迎合主義)が世界の潮流になった。問題の根は、「政低」と「経高」のギャップとその悪循環にある。「経高」に表れる金融資本主義の膨張が格差拡大をもたらす。それがポピュリズムを生み、「政低」につながる。「政低」のもとでは、金融資本主義は制御しきれず、「経高」の行き過ぎによって、崩壊リスクが累積していく。2018年はそんなリスクをはらんだ年になるだろう。

危機増幅する「トランプ・リスク」

 2018年も世界の最大のリスクは「トランプ・リスク」だろう。その特徴は、覇権国家の大統領とは思えぬ言動で、世界の地政学リスクを増幅しているところにある。北朝鮮危機と中東危機にその傾向が顕著である。

 核・ミサイル開発で世界を震撼させた北朝鮮は、平昌冬季五輪を前に南北対話に応じたが、これで北朝鮮が対話路線に転じたとみることはできない。それどころか、金正恩朝鮮労働党委員長は念頭の辞で「机には常に核兵器の発射ボタンがある」と挑発した。問題はこの挑発にトランプ大統領がツィッターで「米国の核のボタンは彼(金正恩委員長)のものよりずっと強力だ」と応じたことである。

 安易に「核ボタン」に言及したことが軽率であるのはいうまでもないが、このトランプ発言は、絶対に認められないはずの北朝鮮の核保有を暗に認めてしまった形になったのが致命的である。これでは、日米韓を含め国際社会が求めてきた「朝鮮半島の非核化」の土台が崩れることになりかねない。米国の大統領にふさわしくないトランプ氏の言動が北朝鮮危機をさらに深刻化させている。

 中東危機も国際社会の動向を無視したトランプ大統領の言動によって深刻化しかねない。エルサレム首都宣言は、イスラム社会だけでなく、欧州、中国、ロシアからも反発され、同盟国である日本にも反対された。親米のサウジアラビアも困惑している。中東和平がさらに遠のくだけでなく、中東における米国の影響力にも響くだろう。トランプ大統領はまたイランをめぐる国際的な核合意を批判し続け、反政府デモをあえて強く支持している。反イランの姿勢を鮮明にすることで、中東の緊張を高めるだけでなく、ロシア、中国、欧州各国との対立を招いている。

 トランプ大統領はすでに、地球温暖化防止のためのパリ協定からの離脱を打ち出したほか、北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しや環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱など、国際合意を次々に破ってきた。そんなトランプ・リスクはこれからは、北朝鮮、中東という地政学リスクに焦点が移ることになる。それは世界の危機に直結することになりかねない。

所得格差が広げるポピュリズム

 「政低」は米国のトランプ政権だけではない。トランプ・リスクによるパワーの空白を埋めようとするのは、中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領ら「強権」政治家である。そして、何よりトランプ流にみられるポピュリズムが世界の潮流になってしまった。

 それは英国の欧州連合(EU)離脱の国民投票に始まった。難民問題を背景にしたEU内の極右ポピュリズムの台頭も無視できない。仏大統領選挙では極右「国民戦線」を封じ込めたが、ドイツでは2017年9月の総選挙で、極右「ドイツのための選択肢」(AfD)が初めて議席を獲得した。さらにオーストリアでは極右勢力が政権入りした。旧東欧圏では、難民受け入れに拒否反応が強く、EUの大原則である「法の支配」が揺らいでいる。EU内で東西亀裂が深まる恐れもある。

 ポピュリズムについては、民主主義の一形態であり、その主張が改革に取り入れられれば、効果はあるという肯定的なとらえ方も一部にある。極右ポピュリズム政党には、国民に受け入れやすくするため極端な排他主義は避けるといった戦略が目立つようになっている。その変化をみて、あえて「極右」とは呼ばず、「右翼」と呼ぶメディアもあるほどだ。しかし、そうして国民の間に主張を浸透させることこそが極右ポピュリズムの狙いなのである。その危険な本質を見抜かないと、いつの間にか極右ポピュリズムに無感覚になり、世界に危機の連鎖を招きかねない。

 では、なぜ極右ポピュリズムは浸透するのか。グローバル化が広がれば広がるほど、地域主義や地元意識が高まるのは事実だろう。そこにはグローバル化や技術革新など大きな変化についていけない「取り残された人々」がいる。「昔は良かった」と感じている人たちもいる。高齢化が進めば、「昔は良かった」症候群はさらに広がるだろう。

 しかし、ポピュリズムが人々の感情に付け入るのは、そこに抜きがたい所得格差があるからである。所得格差は、先進国か新興国かを問わず、あるいは政治体制の違いを問わず、世界中に拡大している。

金融資本主義の肥大化が生む所得格差

 所得格差が広がるのはなぜか。急速なグローバル化やデジタル革命など技術革新による面があるのはたしかだろう。しかし、何より実物資本主義に比べて金融資本主義が肥大化してしまったからだろう。

 株高によって、世界株の時価総額は86兆5300億ドル(約9800兆円)と、世界の名目国内総生産(GDP)の78兆ドルの110%の水準に達した。昨年7月に世界株の時価総額が世界の名目GDPを上回って以来、その差は拡大の一途である。世界全体の債務残高は217兆ドルで、リーマンショック前の1.2倍に膨らんでいる。名目GDP比では330%と膨張している。

 はじけてみなければ、それが「バブル」だったかどうかはわからないとされるが、主要国では、低金利を背景に株価だけではなく、不動産価格の上昇が続いている。債務残高の膨張を伴う資産価格上昇で潜在リスクは増幅されている。

 金融資本主義の肥大化は、世界の2008年のリーマンショックの教訓が生かされていないことを示している。リーマンショックは元を辿れば、2003年のブッシュ政権下でのイラク戦争にあたって、当時の米連邦準備理事会(FRB)のグリーンスパン議長が金融緩和を長引かせたことに原因がある。常に政治とウォール街を意識してきたグリーンスパン議長は、「ブッシュの戦争」に金融政策で「後方支援」したのである。それが金融資本主義肥大化に道を開く結果になった。

 皮肉なのは、中西部の中低所得層の支持を得るため「反ウォール街」を鮮明にしていたトランプ氏がむしろウォール街寄りの政策に傾斜していることだ。リーマンショックを受けて導入された金融規制を緩和するとともに、「低金利が好きだ」と繰り返している。

 金融規制が緩和され、低金利が続くことになれば、金融資本主義はさらに肥大化する可能性がある。それは「ウォールストリート」(金融資本主義)と「メインストリート」(実物資本主義)の落差を広げ、所得格差を拡大することになる。

「政低」がはばむ金融正常化

 問題は、「政低」が金融正常化をはばむ恐れがあることだ。世界の中央銀行は、世界同時好況をもたらした超低金利を是正し、資産バブルへの過熱を防げるかどうかが問われている。

 パウエル次期議長が率いるFRBは2018年には年3回の利上げを想定している。大規模減税を柱とするトランプ税制改革の効き目しだいでは、過熱防止のため利上げテンポを上げる必要に迫られるかもしれない。しかし、「トランプ印」とされるパウエル次期議長がこうした引き締め路線を貫けるか疑問視される。リーマンショックの遠因である「政治配慮」が頭をもたげるとすれば、リスクが蓄積されることになる。

 欧州中央銀行(ECB)はFRBに続いて1月から量的緩和の縮小に動いており、9月には量的緩和を終える方針だ。しかし、利上げには慎重で2019年半ばまで先送りされるとみられている。ユーロ圏経済は予想を上回る好調を続けているが、独り勝ちのドイツとイタリアには大きな落差が残る。イタリアではポピュリズム勢力の台頭が懸念される。ユーロ危機は乗り切ったが、イタリア財務省出身のドラギECB総裁がそんなユーロ圏内の気圧配置を考慮しないはずはない。ECBの本部理事の間で出口戦略の強化を求める声が強まっているのは、ECBの政治配慮に懸念があるからだろう。

 デフレ脱却をめざす日銀は、異次元の金融緩和からの出口戦略すらまともに議論していない。異次元緩和は安倍晋三政権によるアベノミクスの最有力手段と位置付けられてきた。黒田東彦総裁が低金利が続くことによる金融仲介機能への影響で緩和効果がそがれる「リバーサル・レート」に言及しただけで、緩和縮小との観測が流れたが、日銀が「安倍政権下」の中央銀行であるかぎり、出口ははるかに遠い。異次元緩和によって日本の財政危機をいつまで支え続けるか、金融と財政の複合リスクは累積している。

 年初来の世界同時株高に浮かれている場合ではない。「政低・経高」の世界に潜むリスクに着目し、冷静かつ慎重に対応しないかぎり、リーマンショックの二の舞いを招きかねない。