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後継者不足逆手に 攻めの企業売却も登場

日本もいよいよアメリカみたいになるんでしょうか。

急増する中小企業のM&A

中堅・中小企業の間でM&A(合併・買収)が急増している。後継者難が背景にあるが、売り手、買い手とも成長の手段とみるケースも出てきた。生産性が低いとされた中小企業が、その姿を変えるきっかけにもなる。

 「2人の子供は就職して自分の道を歩いているから無理に跡継ぎにはさせられないし……。長年一緒に働いた従業員もいたけど、体力的に難しいこともあって社長を頼めなかった」
 こう言って肩の荷を下ろしたように笑顔を見せる酒井長久氏(62歳)は、東京都内で4店経営していた調剤薬局を昨年末、大手の調剤薬局チェーンにすべて売却した。東京郊外の清瀬市に調剤薬局を出店したのは1997年。以来、約20年かけて同市と都心に店を広げた。売却前の年商は約5億5000万円。経営は安定していたが、還暦を過ぎ、そろそろ第一線を退こうかと考えたところ、肝心の後継者がいなかった。

 中堅・中小企業を対象にしたM&Aが急速に拡大している。ゴールドマンサックス証券が、M&A仲介大手の日本M&AセンターやM&Aキャピタルパートナーズ、ストライクの3社の仲介実績などを基に行った分析によると、2011年に463件だった件数は15年に1000件に到達。20年には2000件、25年には4000件を突破するという(グラフ参照)。こうした仲介業者以外にもメガバンクや地方銀行なども中小企業のM&A支援を本格化しており、実際の件数はさらに多いとみられる。

 ここにきて中小企業のM&Aが急増した引き金は高度成長期に創業した大量の経営者の高齢化だ。下のグラフは、中小企業経営者の年齢構成の変化である。1995年に50~54歳だった経営者年齢の最多層は、2015年には65~69歳に上がった。引退年齢が近づいてきたことが明らかだ。

大手企業傘下で成長狙う

 かつては子供や兄弟など親族に事業を譲り渡すケースが圧倒的に多かった事業承継だが、ここへきて経営者自身と子供の側の意識も変化している。冒頭の酒井氏のように最近は親族への承継が次第に難しくなってきた。
 「子供が大学を卒業した後、大企業などに就職すると、親の跡を継ぎたがらなかったり、親の側も無理に継がせようとしなかったりするようになった。家業の継続という意識が変わっている。従業員が社長になることもあるが、オーナー家の株式を買い取る資金が出せないなど、簡単にはいかない問題もある」
 一橋大学経済研究所の植杉威一郎・教授は、中小企業のM&A急増の背景をこう説明する。

 後継者がいない場合、会社は休・廃業か売却しかなくなる。東京商工リサーチによると前者は16年には約3万件と、07年の約2万1000件から大幅に増えた。M&Aの動きも激しい。中小企業庁のまとめでは、10~15年の事業承継に占めるM&Aの比率は約40%で、その前5年の20.6%から一気に倍増している。
 M&Aを選ぶのは事業を存続させるためだが、つぶさに見ると苦し紛れの決断ばかりではない。M&Aブームの中で新しい流れも生まれている。経営者が自身の会社を積極的に売却し、資本や技術・販路などを持つ企業の傘下に入ることで成長を目指す動きだ。

 「父親が興して50年以上たつ会社だけど、それ自体に未練はなかった。それより会社をもっと大きく、強くしたかった。従業員に夢を持たせて元気にしたかった」
 昨年3月、会社を繊維メーカー、ニッケに売却した東京の家具卸、ミヤコ商事の藤井裕士社長(49歳)は、笑顔をのぞかせながらこう話す。大学卒業後、伊藤忠商事に入社。商社マンとして活躍したが、仕事で出会う中小企業経営者のたくましさにあこがれ、1997年に父が経営するミヤコ商事に入社した。
 ところが、既に家具市場は頭打ちの時代。売上高は漸減を続け、2003年には12億円とピーク時から25%も落ち、3000万円の経常赤字と業績は低迷した。挽回しようと始めたのが、当時広がり始めていたEC(電子商取引)だった。無名の卸会社ながらアマゾンジャパンなどに積極的に営業をかけ、商品を卸すことで業績を回復させた。12年には、父の後に社長となっていた叔父から経営を引き継ぎ、15年12月期には売上高を19億3000万円、経常利益は7300万円と、EC向け事業の拡大で会社を立て直した。
 ここまで育てながら会社の売却を選択したのは、「単独では成長の壁がある」と見たからだった。中小企業では信用力に限界があり、大手や海外の家具メーカーからの仕入れを一定額以上に増やせなかった。
 ニッケという大手企業の傘下に入ったことで、こうした課題を解消しようとした藤井氏は社長を続けながらニッケグループ内の役職にも就いた。一段上の成長を狙える環境が整った。ニッケ側にとっても「ECなど新たな分野での成長の可能性を広げられる」(上野省吾・執行役員生活流通事業部長)という利点があった。
 中小企業のM&Aの中には、子供や従業員に後を託せる見通しが立たないため、会社を売却し、引き続き、自らが采配を振るうといったケースもある。
 大阪市の機械メーカー、日新製作所の岩本庚士会長(59歳)もその一人だ。父親の跡を継いで社長に就任したのは02年12月。従業員は10人ほどだが、一品ものの食品機械から多様な産業機械にまで幅を広げてきた。売上高は3億~5億円の間を行き来しているものの、機械の性能の確かさで大企業とも取引を拡大。これまで業績に不安が出たことはなかった。
 30歳と27歳の娘と息子は、自社で働いているものの、「経営者になるにはまだ10年以上はかかる。その器にあるのか、その気があるのかも分からない」。岩本会長は昨年10月、工業用ベルトメーカーのポバール興業に自社を売却した。ポバールは、名古屋証券取引所2部に上場している。傘下に入ることで、後継者が社内にいなくても会社が存続できるよう備えたのだ。

 直近5年で、それまでの2倍に拡大したM&A型の事業承継。「競争の激化や市場の縮小で業績が悪化し、事業再生を通じてスポンサー企業に買い取られるケースも少なくない」(坂田達也・地域経済活性化支援機構執行役員)という。日本M&Aセンターの分林保弘会長は「事業承継の形は多様になってきた」と指摘する。
 紹介した例のように自社を売却して新たな成長ステージに上がろうとする動きはまだ一部だが、「既存の事業構造では伸ばせないことを察知している」(荒井邦彦・ストライク社長)点で、日本経済の在り方や産業構造の変化を映し出しているともいえる。

増殖する「ミニ永守」

 そうした変化を捉える動きは売り手だけではなく、買い手側の経営者にも広がっている。かつてなら買収候補にも挙がらなかったであろう中小企業を手に入れて、成長を実現しようとする経営者と企業が増えてきたのである。
 かつて不振企業を買収しては再建し、今や1兆円企業に成長した日本電産の永守重信会長兼社長CEOの足跡をたどったかのような「ミニ永守」型の経営者たちだ。
 「業績の良くない会社といっても、技術自体はいい会社はいくらでもあるし、経営を改善すれば立ち直るところは多い。そんな会社を買収してきたし、これからもそうしていきたい」
 名古屋市で基幹システム開発などを手掛けるSYSホールディングスの鈴木裕紀・会長兼社長は、M&Aを駆使しながら同社をジャスダック上場企業に育て上げてきた。

 その手法は、ソフト開発の技術自体は優れているが、経営が稚拙で業績が悪化した企業を買収、再建してグループで成長していくというもの。11年2月に自動車のカーナビのシステム開発に強みを持っていたソフト会社が業績不振に陥った際、事業と人材を譲り受けたのが最初だった。以後、昨年初めまでに計5社の中堅ソフト・システム開発会社を買収してきた。
 それぞれの企業は、スマートフォンのアプリや、工業用エアコンの遠隔保守システム、車載の各種ECU(電子制御システム)など、開発力に定評があった。ただ、原価管理に甘さがあったり、営業力が弱かったりといった経営上の課題があった。「そこにSYSの仕組みを持ち込んで、経営効率を改善するだけでコストは下がり、黒字化できる」と鈴木会長は言う。
 買収企業の経営者はほぼ留任してもらった。SYSからは、それぞれ1~2人の幹部を派遣して、注入した経営ノウハウの実行や営業、原価管理の強化などに影響力をとどめている。「買収されたことで、その会社の社員がやる気を失わないこと、士気を高く維持することが大事。企業はそれ次第で強くなれる」(鈴木会長)と考えるからだ。
 徹底したコスト削減と営業力の強化、そして「連邦経営」で士気の維持向上を図る点など、日本電産の永守氏が実行してきた経営に非常に近い。

成熟市場で成長のきっかけに

 同社以外にも、こうした手法で成長している企業には、不振の食品メーカーなど11社を傘下に収めながら東京証券取引所1部上場企業となったヨシムラ・フード・ホールディングスがある。また非上場ながら、カラオケ店から出発して、やはり不振のラーメンチェーンなどファストフード店を買収、再建して成長するガーデン(東京・新宿)のような企業も出てきた。

 多くの市場が伸び悩んでいる日本。後継者不足が大きなきっかけではあるが、M&Aを通じて再編が進めば、「停滞市場」でも競争力のある企業が生まれることになる。

 橋梁用のつりケーブルや土地の地滑り防止用引っ張り材などを製造販売するエスイー。独自の市場で強さを発揮してきたものの、長期的な公共事業の減少で、単独の業績は00年に入る頃から伸び悩んできた。

 その状況を打破するために09年から取り組んできたのが、中小企業を対象にしたM&Aだった。もちろん闇雲な買収はしない。対象としたのは、「市場としての伸びは大きくなくても、その分野で生き残り、残存者利益を享受しているような企業」(大津哲夫社長)。同時にエスイー本体とシナジー(相乗効果)のある企業に絞るのが基本戦略だ。

 具体的には、土木工事現場でコンクリートを流し込む型枠材や建築用の鉄骨、橋梁などの補修事業といったもの。例えば14~15年にかけて3社を買収した鉄骨会社は、かつて国内に4000社あったが、今は2000社。しかし「縮小はしてもなくなるわけではないから、有力企業を買収すれば、確実に強みになる」(大津社長)というわけだ。
 この7年余りで買収したのは計6社。17年3月期には、連結売上高の約6割を買収先がほとんどのグループ企業が占めるまでになった。成長のけん引役となっている。
 同社のような公共工事の比重の高い業種だと、従来は成長に向けたシナリオを描きにくかった。一方でM&Aを実行するにしても、大企業相手はやはり難しい。中小企業を対象にすることで、新たな成長資源を得ることができたといえるだろう。

 急拡大している中小企業のM&Aは、売り手・買い手双方にとって事業拡大のチャンスをもたらす可能性がある。だが、課題がないわけではない。障害になりそうなのが、金融機関から借り入れを起こす場合、オーナー経営者に求められることが多い個人保証だ。
 「昨年夏、2年もかかった騒動が終わった時には心底ほっとしました」
 東京都内に住む西野美子さん(仮名)は、そう言ってため息をついた。西野さんは父親が約40年前に首都圏で創業した精密機械メーカーの売却を巡って社員出身の社長と対立し、苦悩の日々を送ってきた。
 発端は14年春。社長だった父親の急死だった。高齢の母親と50代の西野さんは経営にはタッチしていなかったため、「仕方なく父の片腕として働いてきた役員に社長を引き受けてもらった」(西野さん)という。

「個人保証」がM&Aの壁に

 ところが、西野さんの父親は会社の借り入れに対して個人保証をしていた。自宅に抵当権を設定していたのである。西野さんは、父の生前から経営には関わっていなかったが、オーナー経営者の家族というだけで個人保証を引き継ぐことに納得できない思いを抱いていた。親族で経営できる者もいないことから、「会社を売却し、個人保証も解消しようと考えた」。

 だが、それに立ちはだかったのが父の後を託した新社長だった。会社を売却すると社長の地位を失うと考えたのか、8000万円もの法外な退職金を要求してきたのである。仮に受け入れると会社の資産が減少し、売却価値は大きく下がる。父親の死亡に伴い受け取った退職金は相続税でほとんど消え、母親と西野さん自身に残る資産も限られるだけに、苦しい立場に置かれた。

 対立は先鋭化し、自分がオーナーにもかかわらず「会社の財務諸表すら十分に見せてもらえなかった。人間不信に陥り、引きこもりのようにもなった」と西野さんは振り返る。

 2年にわたる対立の末、退職金の減額で何とか折り合い、会社は売却した。個人保証がなければ、ここまでこじれることはなかったかもしれないとの思いは今も残っている。

 経営者の個人保証については14年春に全国銀行協会と中小企業団体がガイドラインを取りまとめ、一定の制限をすることになっている。しかし、中身は「経営と所有が分離されている場合に個人保証を求めない」など、対象が限定的で、実態はあまり変わっていないとされる。

 中小企業のM&Aは、売り手の中小企業側にとっては「家業から企業へ」の体質転換のきっかけになり、家業では得られなかったチャンスとなる可能性がある。買い手にとっても不振企業の再生、成熟産業の再編などで、新たな成長機会を得られる。

 つまり、M&Aの促進は中小企業の競争力強化をもたらし、日本経済の底上げにもつながる。そのためにも後継者不足に端を発するM&Aの流れをどう広げていくか。民間のM&A仲介会社や地銀など金融機関だけでなく、中小企業基盤整備機構などによる支援強化も欠かせないだろう。個人保証のような問題を解消するとともに、こうした環境整備を後押しすることは、日本にとって優先課題のはずだ。(主任編集委員 田村 賢司)