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日銀の「粘り強さ」が想起させる「あの戦争」

日本経済「底力」論と距離がある「前線」の状況

恒例の上野泰也氏のコラムです。

良く調べてある内容です。

白川前総裁時代、日銀が2%の物価目標を受け入れた理由

 金融市場の外だけでなく、中でも徐々に忘れられようとしているように思えるのだが、白川方明前総裁時代末期の2013年1月22日に日銀が、それまでの日銀の考え方からすれば明らかに非常に高すぎる2%の物価目標を受け入れて政府と共同声明を出したのは、積極的な金融緩和だけで2%を達成できるという金融政策万能論的な見方へと突然切り替えたからではなく、政府および企業の努力によって日本の潜在成長率が上昇するのならば2%は達成可能な水準になっていくという説明はできるという苦渋の判断をしたからだったと、筆者は理解している。実態としては、衆院選で大勝した安倍内閣からの政治圧力に屈したのだが、中央銀行としてそれなりに合理的な説明・理屈付けをしないわけにはいかない。

 7月23日付で退任した佐藤健裕・木内登英両日銀審議委員(当時)は、この時の金融政策決定会合で、「物価安定の目標」2%の導入に反対した。議事要旨によると、その理由は以下の3つだった。

①消費者物価の前年比上昇率2%は、過去20年の間に実現したことが殆どなく、そうした実績に基づく現在の国民の物価観を踏まえると、2%は現時点における「『持続可能な物価の安定』と整合的と判断される物価上昇率」を大きく上回ると考えられること。

②このため、現状、中央銀行が2%という物価上昇率を目標として掲げるだけでは、期待形成に働きかける力もさほど強まらない可能性が高く、これをいきなり目指して政策を運営することは無理があること。

③2%の目標達成には、成長力強化に向けた幅広い主体の取り組みが進む必要があるが、現に取り組みが進み、その効果が確認できる前の段階で2%の目標値を掲げた場合、その実現にかかる不確実性の高さから、金融政策の信認を毀損したり、市場とのコミュニケーションに支障が生じる惧れがあること。

警告通りのことが、その後の4年半で起きた

 その後の4年半で実際に起こったことは、この2人の警告通りのことだったと言えるのではないか。「2%の目標を掲げながら大規模な金融緩和を行いさえすれば、インフレ期待が2%に高まり、実際のインフレ率もそれにキャッチアップするはずだ」というリフレ派の考えに沿った2年間という期限を区切った「短期決戦」は、明らかに失敗した。にもかかわらず、金融緩和を「粘り強く」続けている日銀の姿は、太平洋戦争当時の日本と、筆者にはダブって見えてしまう。

 山本五十六提督は「1年や2年は暴れてご覧にいれます」と述べたというが、その後の明確な展望が日本にはなかった。「米国の軍事力を大幅に低下させれば有利な条件で講和に持ち込めるはずだ」といった漠然とした構想だけで戦争に突入したものの、ミッドウェー海戦で主力空母の多くを失ってしまい客観的に見ればもはや勝つ見込みがなくなった後も、神風期待や精神論を支えに戦争を続け、多くの犠牲者を出した。

「底力」という言葉は、戦時中の精神論の延長線上にある

 日銀生え抜きの中曽宏副総裁は7月26日に広島で行った記者会見で次のように述べて、物価上昇2%は達成可能だと主張した。そこでキーワードになった「底力」という言葉に、太平洋戦争当時のような精神論めいたものを感じてしまったのは、筆者だけではあるまい。時代が変わっても、日本人のメンタリティーには変わりがないことを痛感する。

 「私は、日本経済における労働生産性の引き上げ余地はまだ相応にあり、潜在成長率の伸び代もまだ随分残されていると思っています。つまり、日本経済の底力はこんなものではないはずだと思います。日本経済の底力をもってすれば、2%の『物価安定の目標』の達成は可能だと思っています」

 「申し上げたいことは、日本経済の底力はもっとある、まだ伸びるという見方を共有して、そのもとで、企業が企業家精神を発揮していくことが、成長期待が幅広い主体で共有されることにつながっていくということです」

人口対策の強化がやはり必須だ

 日本経済の「底力」を持ち上げる努力を加速すべき責任を最も有するのは、基本的には自社の収益重視の企業ではなく、公共の福祉に資する役割を担っている政府だろう。人口対策の強化が必須だと、筆者はずいぶん前から主張し続けている。

 だが、安倍首相がいま掲げているのは「人づくり革命」であり、日本の国土に滞在してお金を使う人の「数」は増えない。

 ちなみに、退任の5か月前、2月23日に木内日銀審議委員(当時)が甲府で行った講演に、下記のくだりがある。金融政策の限界、政府による人口対策の必要性といった、筆者の年来の主張と重なる内容である。

 「例えば、潜在成長率が低水準にあり、企業の国内成長期待が低い状況では、企業は将来収益を圧迫する基本給の引き上げなどに対して慎重になるのは自然であり、労働者はそうした企業の姿勢を認知するものと考えられます。こうしたもとでは、家計や企業の中長期の予想物価上昇率は低位に形成され、そのことが現実の物価上昇率を低位に抑えるという側面があると思います」

 「しかし、金融政策が前向きな経済構造の変化を直接もたらすことは難しく、そうした変化の実現のためには、イノベーション向上に向けた企業の努力と、それを最大限引き出すための規制緩和や人口対策などを含む、政府の構造改革の取り組みが必要です。そして、国民が持続的に生活の質を向上させるためには、生産性上昇率や潜在成長率の改善を通じて成長力を強化することが不可欠です」

物価の「前線」の状況を観察すると…

 では、日銀が焦点をあてている物価の「前線」の状況はどうなっているだろうか。ファミリーレストランの客単価など、日常生活と関連しているさまざまな指標を筆者はウォッチしており、このコラムでもときどき紹介しているのだが、今回は上がりにくい「もやし」「豆腐」「納豆」の値段を取り上げたい。

 人口減・少子高齢化を主因とする国内需要の減少によって中長期的に悪影響を受け続ける業界は数多い。衣食住のうち「食」の分野では、よほどしっかりした付加価値がついている製品以外、コストプッシュ型インフレには持続性が伴わないと考えられる。

 スーパーマーケットで特売の対象になりやすいことなどから店頭販売価格が押さえ込まれやすく、生産・製造業者がコスト高の中で赤字に苦しむ事例が断続的に報じられているのが、「もやし」「豆腐」「納豆」である。これらは消費者物価指数の採用品目になっている。

値段が安すぎて、100社以上のもやし生産者が廃業の現実

 もやしについては、国内消費の大半を占める緑豆もやしの原料の高騰で赤字になり、生産者団体が取引先のスーパーなどに対して値上げを求めていると報じられている。原料が高騰する一方で商品価格が上がらず、10年足らずで100社以上が廃業。もやし単独では赤字で、付加価値の高い「カット野菜」などで利益を確保しながらしのいでいる企業も多く、新規投資が難しい零細企業などで廃業が相次いでいるという(6月5日 朝日新聞夕刊)。

 筆者は1981年、大学1年の時にスーパーの野菜売り場でアルバイトをしたことがあるのだが、その時に最初に任された仕事が、特売用の袋入りのもやしを店頭にうず高く積み上げることだった。36年後の今になっても、もやしは特売の対象である。

 豆腐については最近では、「豆腐業界 激安で疲弊 適正取引へ 食品初の指針」と題した記事が出てきている(6月28日 毎日新聞)。原料である大豆の価格は昔よりも高くなっているが、豆腐1丁の販売価格は以前よりも安くなっており、量販店の特売対象にもなりやすい。経営者の高齢化に安売りが追い打ちを掛け、廃業も後を絶たないという。豆腐を製造する事業所数は2015年度末時点で7525となり、2006年度末から4割減った。

 また、納豆業界では2009年に1社が経営破たんするなど、業界再編が断続的に進んでいる。

「過少需要・過剰供給」構造が変わらぬ限り、物価上昇は困難

 「どのような分野にせよ、高い付加価値をつけることで企業は価格水準を維持すべきであり、それが物価全体の底上げにつながる」という意見を耳にすることがある。だが、そうしたことができる少数の企業はいわば「勝ち組」であり、業界全体さらには国全体について一般化できる話ではない。

 日本経済のベースにある「デフレ構造」(過少需要・過剰供給状態)が抜本的かつ持続的に変わらない限り物価上昇は困難だという、筆者の持論は不変である。