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「年収1075万以上」が「300万円以上」になる日

ホワイトカラー・エグゼンプションという“感情論”

 

河合薫氏のコラムです。

詳しく調べてあります。

 

 今回は「感情と論理」について考えてみる。
 「論理的」に見える人が実は感情に突き動かされている、これ、そんな事例じゃないかというお話だ。

 「高度プロフェッショナル制度」、別名「ホワイトカラー・エグゼンプション」、またの名を「残業代ゼロ法案」が、ついに秋の臨時国会で働き方改革関連法案と一括して提出されることになった。

 容認する姿勢を見せていた連合は“集中砲火”を浴び、政労使合意を見送るとのこと。

 第1次安倍政権の時から、要件を変え、名前を変え、手を尽くしてきた政府は、
 「労働者団体の代表の意見を重く受け止め、責任をもって検討する」(by 菅義偉官房長官)
 そうだ。

 思い起こせば、今から10年前……

 「残業代が出ないんだから、早く帰れるし、家族団らんが増え、少子化問題も解決するじゃん!」(安倍首相)。

 「そうだ!そうだ!『家族だんらん法』と呼ぶように、徹底しよう!」(当時の厚生労働大臣 舛添要一氏)

 「だいたい経営者は、過労死するまで働けなんて言いませんよ! これは自己管理です! ボクシングの選手と一緒です。つらいなら、休みたいと主張すればいい」(某女性起業家)

 などと、今だったら大問題になりそうな“ノー天気”な発言がありましたね。

 はい。そうです。これらはすべて、第1次安倍政権の時に記者会見などであった発言である。
 あ、失礼。実際の言い方はこんな“軽~い”感じではなく、もっと“丁寧”な物言いです。

ノリと勢いで導入しようとしてないか?

 しかしながら、こんな風に脚色したくなるほどどの発言も根拠に乏しい。当時から、この制度の議論は「ノリと勢い」だけで進められてきた感が否めないのである。

 いずれにせよ、ご存知のとおり第1次安倍政権のときに、世間から総スカンされ一旦は頓挫。で、第2次安倍政権で、またしても産業競争力会議の提案というカタチでスタートした。

 その推進役を担った、長谷川閑史(はせがわ・やすちか)氏(前経済同友会代表幹事、武田薬品工業会長)は、2014年の朝日新聞のインタビューで次のように語っている(2014年5月22日朝刊 一部抜粋)

(記者)長時間労働を招くとの懸念が相次いでいます。

「労使合意もあるし、最終的には本人の判断。うまくいかなければ、元の働き方に戻れる仕組みだ。(働き手を酷使する)『ブラック企業』が悪用するとの批判もあるが、まずは労働者の権利をしっかり守れる企業にだけ認めればいい」(長谷川)

(記者)働き手が「同意」を強いられませんか。

「そうならないよう守るのが労組の役割のはず。労働基準監督署もしっかり見ないといけない」(長谷川)

 ふむ。当時もこのインタビューにはかなり驚いたけど、今改めて読み返しても突っ込みどころ満載である。

 「労働者の権利をしっかり守れる企業だけに認めればいい」って??
 「労働者の権利をしっかり守っている企業です!」というのは、誰が決めるのか?
 「わが社は、労働者の権利なんて守ってませ~~ン!」などと、胸を張る企業がいたら、それこそ問題である。

 「そうならないよう守るのが労組の役割のはず」って?
 労組のトップである連合からしてその任を果たせるとは、私にはどうにも思えない。

 連合について言えば「いったいどっちを向いているんだ?」が私の印象だ。

 なぜ、「いずれ」なんだ?
 す・べ・て労働者の健康面を守るには、必要なこと。特にインターバル制度の重要性は、いくつもの調査結果から確かめられている。それなのに「いずれかの措置」などとユルい条件を出すとは、経営者の味方なのか、労働者の味方なのか?

 連合は、2015年5月、証券や国債などの市場情報を提供する東京都内の会社でアナリストとして働き、2013年7月に倒れ心疾患で亡くなった男性(当時47歳)が、過労死だと労災認定されことを、すっかり忘れてしまったのだろうか。

 この男性は、企業が行った人員削減の影響で1人当たりの業務量が増加。上司からは「他のチームはもっと残っているぞ」「他の従業員より早く帰るな」「熱があっても出てこい」と出勤を命じられ、極限状態まで追いつめられた。

 発症前1カ月の残業が133時間、発症前2~6カ月の平均残業時間が108時間(遺族がリポートの発信記録や同僚の証言などを基に算出)。

 男性が亡くなったあと、会社は「居残りは本人が望んだこと」と宣言し、「自分たちの責任ではない」との姿勢を貫いた。

 合意しただのしないだの、いずれでいいだのなんだのという、連合の言動は、長谷川氏の言う“その役割”をまっとうできる組織だとは、到底思えないのである。

いずれ年収300万円台にも適用が始まる

 「でもさ、今回の対象って、年収1075万円以上の専門職でしょ? こういう優秀な人たちは時間と成果を切り離して、個人の生産性をあげてもらうためにも必要でしょ?」

 法案に賛成する人の意見は、大抵これ。「生産性向上」である。

 もちろん「働く時間の自由」を手に入れることで、個人の生産性は上がるかもしれない。無駄な残業代がなくなれば、企業の生産性も一時的に上がるかもしれない。だが、その先は? その“生産性”は、経営の行き詰まり感をとりあえず解消する、瞬間風速的なものじゃないのか。

 「職務内容・達成度・報酬などを明確にした労使双方の契約」としながら、それが達成できなかったときのペナルティーは、立場が弱い「働く人」にしか課せられないのでは?

 いや、そもそもだ。
 ペイ・フォー・パフォーマンスというのであれば、そのパフォーマンスに見合ったペイを算出する方法をどうするかの議論も欠かせないはずなのに、そんなの聞いたことがないぞ?

 とにもかくにも「?????」だらけだ。申し訳ないけど、私の小さい脳みそでは、全く理解できないのである。

 “そもそも”経団連が1995年に出した「新時代の『日本的経営』」の中での提案が、議論のスタートとなっているわけだが、当時から指摘されてきた“諸問題”は何一解決されていない。そればかりか、「解決しよう」という姿勢すら感じ取れない。

 もっとも懸念されるのが、これが「アリの一穴」となりやしないかということ。

 「年収1075万円の専門職」は、20万人程度と試算されている(厚労省による)けど、私は、これは悪夢の始まりだと考えている。

 「年収1075万以上」は「年収400万以上」「300万以上」になるだろうし、「高度」は「一般」になるだろう。どんどん条件が引き下げられ、この世から「残業手当」はなくなっていくのだ。いや、違う。「残業という概念」が消滅するのだ。

 こういったことを書くと「まさしく感情論だ。アリの一穴のエビデンスはあるのか!」と批判する人は少なくない。

 なのでお答えしよう。
 「過去」をみればわかる。
 現在の「36協定」である。

 現在の36協定は、1947年に労働基準法が制定されたとき、
「国際労働条約の 1 日8時間制を取り入れたいのはやまやまであったが、 破壊しつくされた当時の日本では8時間労働で国民の必要とする最低生活を支えることは、不可能ではないか」という疑問が出た。
 1週間も激論が続いたあげく、労働組合との協定があれば25パーセントの割増賃金で時間外労働をさせることができるという結論に到達した」

 と、法整備の中心的役割を果たした労働省の課長だった寺本廣作氏が, 自伝 『ある官僚の生涯』 (非売品、1976 年) で記している。

 そしてまさしく“36協定”はアリの一穴だった。

 戦後復興期の当時の日本では、1日の労働時間を10時間にしているところも多かったが、8時間とする代わりに、出来るだけ経済復興を阻害しないよう時間外手当を欧米の50%の半分の25%にする36協定が、上記のような経緯で制定された。この資料には、「25%」の“根拠”も丁寧に書いてあるので、興味ある方は是非、ご覧いただきたい)。

 「終戦後の国力回復」を目指した配慮とはいえ、この経緯が、「今の長時間労働大国ニッポン」という不名誉な事態のひとつの要因になったことは否定できない。

 もろもろの事情を鑑みて36協定は成立し、会社側が従業員を法定労働時間よりも長く働かせたり、法定の休日に出勤させたりする場合は、「時間外労働・休日労働に関する協定書」を結んで、「36協定届」を労働基準監督署に届け出ることになった(協定届に労働者の代表の署名かはんこがあれば、協定書と届出書は兼用できる)。

 だけど、実態は…。

 2013年10月、厚生労働省労働基準局の調査で、中小企業の56.6%がこのための労使協定を締結していなかったこと、うち半分以上が、「時間外労働や休日出勤があっても、労使協定を締結していない」ということが公表された。つまり、「違法に残業させている」ということだ。

 そしてつい数日前。

 電通が、「そもそも36協定の前提となる、“労働者の代表”としての資格を、同社の労働組合が持たない(加入率が5割以下)まま、協定を締結していた」ことが判明。しかも、厚生労働省もこれを知っていたというのだ。

適正化ではなく、抜け道の拡大が進む

 一旦法律が作られても、企業側も行政側もそれを時代に合わせて適正化する…のではなく、どんどん拡大解釈し、あげく無視するようになる実例がこれだ。

 ただし、念のため断っておくが、私は「時間と成果」を切り離す考え方そのものに、反対しているのではない。むしろ賛成である。だが、今の日本ではムリ。時期尚早。

 今までの労使関係が大きく変わる可能性がある制度であり、法案でありながら、
 「どのようなデメリットがあるのか?」
 「どんなメリットがあるのか?」
 などの議論が尽くされていないのは極めて問題だ、と言っているのだ。

 法制度の導入や変更を行った場合にもたらされる効果や問題点を、健康・医療面や経済面の立場からの分析がほとんどおこなわれていない現段階で、「生産性向上」というマジックワードで踏切るのは「悪夢の始まり」となる可能性のほうが高い。

 だって「アリの一穴」になる可能性は、歴史が教えてくれているが、「アリの一穴」にならないという証拠は何ひとつ示されていないのだ。

 「感情的」なのは、むしろ推進派の人々であり、もっと「論理的」な議論を行うために、検証作業を行っておくべきなのだ。

 ここにひとつの興味深い、調査結果がある。

 タイトルは「ホワイトカラー・エグゼンプションと労働者の働き方:労働時間規制が労働時間や賃金に与える影響」(黒田祥子・東京大学、山本勲・慶應義塾大学)。

 この調査では「慶應義塾家計パネル調査(KHPS)」を用い、労働時間規制の適用除外となっている管理職や年俸制の労働者(=ホワイトカラー・エグゼンプション WE)と、適用されていない労働者を比較した分析。と同時に、同一の労働者がホワイトカラー・エグゼンプションの適用を受けたときに、労働時間や賃金がどのように変化したのかも検証している、国内で行われた数少ない「ホワイトカラー・エグゼンプション」に関する実証研究である。

 この調査は、2つの手法を用いている。
 ひとつは同じ仕事内容が想定される対象者で「WE適用者」と「WE非適用者」を比較し、労働時間などの検討を行っていること。二つ目が、同一人物が、「管理職になる前(WE非適用)」と「管理職になった後(WE適用)を比較し、労働時間などの変化を分析していること。