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年金、運用改革の限界 好調の裏に潜む不安

GPIFの深い悩み

日経ビジネス2017年6月12日号トップ

 

難しい問題です。

 

GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用が壁に突き当たろうとしている。リスクを取る資産構成に変えて約3年。株高で利回りは上がったが、振れ幅も増した。株・債券の運用の難しさからオルタナティブ(代替)投資に突き進むが、課題は山積みだ。

 「この値上がりはおかしい。だが、空売りをしても下げないかもしれない……」

 独立系ヘッジファンドのファンドマネジャー、原田謙介氏(仮名)は、名古屋鉄道の株価がするすると上がっていくのを見て、いったん空売りを仕掛けようと考えたが、結局思いとどまった。「株価上昇の原因はGPIFなど公的資金の買いだろう。売り向かうのは得策ではない」(原田氏)と見たからだ。

 原田氏がそう感じたのは、4年ほど前から、同じような光景に出くわすことが珍しくなくなったからだ。「成長力があるとは思えない企業の株価が、成長企業と同じように上がり、下がらなくなった。企業価値と株価の関係が分からなくなってきた」というのである。

 例えば電鉄株は、ここ3年ほどでGPIFの保有比率が急速に高まった。昨年3月時点で既に6~7%台になり、ほぼ筆頭株主になっている。それとともに株価は上昇していった。

 名鉄株もその一つ。2012年まで200円程度だった株価は、安倍政権誕生の同年末から300円台に上がり、14年春ごろから急速に上げ足を速め、同年11月には500円台へ。その後、いったん横ばいに転じたものの、16年初めからまた550円前後まで急騰していった(下のグラフ参照)。株価の割高さ・割安さを示すPER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)は日経平均より割高になっている。

 原田氏は、「名鉄の成長力から考えると割高だと感じたが、GPIFの買いが入るかもしれないと思うと、とても空売りはできなかった」と振り返る。実際、名鉄の株価はその後、一時600円台まで上昇し、今年に入って下げたもののなお500円台を維持している。

再興戦略で運用方針が一変

 国の厚生年金と国民年金が持つ積立金約145兆円を管理・運用するGPIF。世界最大の年金ファンドの運用が今、曲がり角を迎えている。

 GPIFは13年に安倍政権が日本再興戦略で「日本経済への貢献」のため、「公的・準公的資金の運用のあり方を検討」するとしたのをきっかけに、運用方針を大きく変えた。

 再興戦略を受けて設けられた政府の有識者会議が「(日銀が同年4月に始めた異次元金融緩和で)デフレからインフレに転じた時に、保有する債券で巨額の損失が生じるのを防ぐ一方で、よりリスクを取る運用への転換」を提言し、それに従ったのである。

 それまでは資産(当時約126兆円)のうち、60%を国内債券、11%を外国債券、国内株と外国株にはそれぞれ12%ずつを投じていたのを、14年10月以降は国内株、外国株にそれぞれ25%ずつ、国内債に35%、外国債に15%へと一変。徹底してリスクを抑えた運用から大きくかじを切ったことで、総合収益率は12年度から14年度まで10.23%、8.64%、12.27%に達した。

 同じ14年10月以降、日銀も金融緩和の一環でETF(上場投資信託)の買いを段階的に積み増したこともあり、影響は思わぬ方向に及んだ。

 GPIFは国内株に投じる資金の約8割、日銀はそのほとんどをTOPIX(東証株価指数)や日経平均株価など株価指数に連動するように、広く薄く投じる方法を採っているため、成長企業でなくても株価が上昇するというゆがみが一部銘柄に目立つようになった。

 ちなみに冒頭の原田氏は、00年代前半に、何度も優秀ファンド賞を受け、マネー誌に「カリスマファンドマネジャー」として頻繁に取り上げられた人物だが、今年5月ファンドマネジャー業からの引退を決意した。「こんなゆがみの多い市場では、成長企業や実力があるのに評価されていない企業をいち早く見つけて投資する私のようなタイプの投資家はやっていけない」(原田氏)と感じるようになったからだという。

 市場の持つ株価形成機能がゆがみ、原田氏のような有望銘柄発掘型のアクティブと呼ばれる投資家が存在しにくくなったのである。ゆがみの深刻さがここにも表れている。

 だが、GPIFにはここにきてさらに新たな悩みが生まれ始めている。その一つは、株式投資を増やし、リスクを取ったポートフォリオが壁にぶつかりつつあることだ。

 まず、13年4月の日銀の異次元緩和以降、長期金利は低下を続け、ほぼゼロ金利の状態となったため、国内債券への新たな投資が難しくなった。公的、企業年金を問わず、運用の柱だった債券投資で稼げなくなったのだ。

 この中でGPIFは昨年末、国内債券の運用比率がついに33.26%と基本としている35%を割り込んだ。国債は満期になると償還されるが、本来、35%を維持するように償還分などから再投資することになる。しかし、それが十分にできないと債券比率が下がり、現金のまま残ることになる。実際、GPIFの資産に占める現金など短期資産の比率は、13年3月には1.46%だったが、昨年末は6.46%に跳ね上がっている。

 GPIFは現金比率の上昇を「17年まで続いた年金保険料の引き上げに加え、企業の厚生年金基金の解散が相次ぎ、国に代わって運用していた代行部分の資金が戻っていることなどが影響した」(森新一郎・投資戦略部次長)というが、GPIFのある関係者は「国内債券に再投資しやすい状況ではない」と認める。

 その一方、株式の比率を増やすのは容易ではなくなりつつある。アベノミクス開始から運用成績は順調なように見えるが、15年度に日経平均株価が約17%下落すると、収益率は一転してマイナス3.81%に急落した。

高度な能力が必要な新投資

 16年末の国内株比率が23.76%に達して上限目前となった一方で、国内債の利回りがほとんどないため、株価の影響をもろに受ける構造になったのである。当然ながら株式比率をさらに高めれば、より運用成績の振れ幅が大きくなる。国民からの信頼性が重視される公的年金としては取りにくい道だ。

 実際、昨年9月末から12月末までに、GPIFの日本株保有額は約4兆6000億円増えたが、「これは期間中のTOPIXの上昇による価値増加分にほぼ相当すると計算される。それを勘案すると既にGPIFは、日本株買いを停止している可能性がある」(岡三証券の阿部健児・チーフストラテジスト)との見方もある。運用はやはり転換点に差しかかっているのではないか。

 この“行き詰まり”を打開する道はどこにあるのか。

 「国内外のオルタナティブ投資を実施するため、新規運用機関を公募します」──。今年4月11日、GPIFのホームページに、こんな広告が掲載されて市場関係者の話題になった。オルタナティブ(代替)投資とは、非上場株をはじめとしたプライベート・エクイティ(PE)、高速道路や空港、発電所といったインフラ施設、そして不動産などを組み入れたファンドなどに資金を投じて運用するものだ。

 伝統的な国内・外国株、国内・外国債券の4資産の運用が難しくなったため、全く異なるこの市場に世界の年金マネーが押し寄せている。GPIFはそこに周回遅れで加わろうとしている。GPIFの運用が直面する難題の2つ目はここにある。

 オルタナティブ投資が世界の年金で一種のブームになっている背景には、「日本同様欧米も08年秋のリーマンショック以後、超低金利が続いていることと、以前は、ほぼ逆相関の関係だった株と債券の値動きが似てきたことがある」(大和ファンド・コンサルティングの三田部充・年金運用コンサルティング部長)。グローバル化が本格化し、IT(情報技術)が大幅に進化したことで、世界の投資マネーがより有利な市場・地域へ集中して動くようになったことなどが背景にある。

 GPIFは14年10月のポートフォリオ改革の際に、オルタナティブに最大で資産の5%を投資できるようにルールを変えている。今回の運用機関の募集はそのルール変更に沿ったものだが、実際の運用は簡単ではない。

 例えばこの分野は人に依存する部分が大きい。「えっ、引き抜かれた」。オルタナティブ投資では先駆的なある化学メーカーの企業年金の運用担当理事は、約7年前に米国のPEファンドに投資をした際、青くなったことがある。柱になるファンドマネジャーが他の運用会社に引き抜かれて、ファンドがいきなり新規投資をやめざるを得なくなったからだ。

 人材の引き抜き自体は運用業界では珍しいことではないが、オルタナティブ投資の場合は、ノウハウを持つ人材の役割が株式や債券のファンド以上に重要になる。投資対象が「下水道や発電所、パイプラインなど非常に広い上に、例えばエネルギーのPEでもシェールオイル専門会社といった特殊な分野。さらに、ゼロから施設を作るプロジェクトだったり、既に安定稼働している施設を買収するケースだったりと多岐にわたるので、リスク評価がとても難しい」(ダイキン工業の企業年金運用を担当する財務グループの斉藤健氏)ためだ。

 しかも、リスク評価をして投資を実行しても、計画通りに施設や設備が動くかどうかは分からない。例えば、風力発電施設だと風車の羽根が設備の不具合で落ちたり、太陽光発電設備だとパネルが風で飛ばされてしまうといった事故もある。日照時間や風の状況次第で計画通り発電できず、収入が落ちることもある。

 「ファンド側はそうした変化を常に確認し続けて、問題があれば対応しなければならないが、投資家もそれを警戒して稼働状況などをウオッチし続ける必要がある」。再生可能エネルギー施設のリスク評価などを手掛けるSOMPOリスケアマネジメントの足立慎一・フェローは指摘する。

カナダはオルタナ50%運用も

 オルタナティブ投資には、株や債券などの伝統資産の運用とは異なるこうした高度な知見が必要になる。GPIFは14年2月から投資信託を通じてカナダのオンタリオ州職員退職年金基金(オマース)とともにインフラに共同投資を始めている。資産規模は約810億円になったが、まだオルタナティブの基本を学んでいるのが実態だ。

 その一方で、オマースを含む世界の公的年金の一部は、資産の20~50%をオルタナティブ投資に振り向けるまでになっている(下の表参照)。しかも、「彼らはファンドを使うだけではなく、自ら発電所や高速道路、PEなどを調査し、リスク評価まで行って投資をする力を持っている」(第一生命保険の綱孝裕・運用企画室長)と言われる。GPIFとの差は比較にならないほど大きい。

 そのうえ市場を取り巻く環境はさらに変化しつつある。

 「債券の利回りが低下する中、ここ数年世界中の大手年金や大手銀行など機関投資家がオルタナティブ運用に資産を振り向けるようになった。その結果、以前はファンド投資でも十数%の利回りが期待できたのが1桁台に低下してきた」

 損保ジャパン日本興亜の佐宗隆生・プロジェクトファイナンスグループ担当部長がこう言うようにこの分野にもマネーが集中し始めたのである。

 日本でも大和ハウス工業の企業年金基金のように、約3000億円の資産の半分をオルタナティブ投資に振り向けるほど市場に精通しているところはある。また、みずほフィナンシャルグループ系のみずほグローバルオルタナティブインベストメンツは、世界に1000はあるといわれるオルタナティブ系ファンドを精査、選別して年金に紹介している。世界のファンドを徹底して調べる力をつけている。

 GPIFに必要なのは運用の長期戦略なのだろう。改革後の運用は、異次元金融緩和や財政出動などによって、市場全体が上昇することに支えられて好成績を上げた。しかし、それを長期的に期待するのは難しい。となれば、オルタナティブ投資をいつ、どう組み合わせるのか。株式運用もどう変えていくのか。次は、そうした第2段階の運用改革に取り組む必要がある。

(主任編集委員 田村 賢司)