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和田秀樹 サバイバルのための思考法・「損の影響は得の約2倍」、経済心理学のススメ

米国では常識! 消費者は常に合理的とは限らない

    心の治療が日本では軽視されているが、もう少し気軽に精神科医の門をたたいたり、カウンセリングを受けたりすることで、多くの人の命や心の健康が守られるという話をした。

 心の病のない人について一般的な心理傾向を研究するのは、実験心理学(カウンセリングなどを行うのは臨床心理学と呼ばれる)のメインテーマである。また精神医学でも、心の健康を考えるために、正常な心理についての研究はある程度行う。ということで、例えば消費者や従業員の心理を知るために心理学の知見を使えるケースは少なくない。

 ところが、日本では企業の経営のアドバイスや、消費を回復させるための政策の審議会、そのほか外交を行う際の参考意見聴取など、心理学が使えそうな問題で心理学者や精神科医が呼ばれることはまずない。こうした点でも、日本では精神医学や心理学が軽視されていると感じている。

心理学は経済論議にも使えるのだが…

 もちろん、私もそういう経験がないし、テレビなどで精神科医としてコメントを求められるのは、必ずと言っていいほど、何かの事件が起こって容疑者のパーソナリティー、心理、心の病などがテーマになる場合だ。しかし、テレビで話題になる事件を起こすような人は、まさに何万人に一人、何十万人に一人の異常な心理の持ち主だ。世間で怖いようなイメージを持たれてしまいがちな統合失調症のような心の病があったとしても、実際に殺人事件を起こすのは年間換算で1万人に一人もいない。異常な事件を起こす異常な人の心理は、こちらの想像を超えるようなことも多いし、むしろ何をしてもおかしくないとさえ言える。

 一方、一般の人の心理や行動予測については、色々な実験の結果が出ているので、ちゃんと勉強さえしていれば、はるかにまともなことが言えるし、そこそこ当てはまるような予想が可能だ。

 それにもかかわらず、消費や景気をテーマとするテレビの討論番組などがあっても、出演するのは、心理学が理論に組み入れられていない古いタイプの経済学を学んだ学者や、恐らく心理学の知識がろくにないエコノミスト。そして大衆の心理を代弁するのは、実験心理学で代表される一般人とはちょっと違う心理を持ちがちなタレントなどだ。

経営や政治に心理学者を重用するアメリカ

 日本と比べるとアメリカでは、経営にも政治にもはるかに心理学者が重用されている。消費者心理の分析であれ、マネジメントでどうすれば従業員のやる気が増すかであれ、あるいは経済政策の立案であれ、外交問題における相手国の国民や指導者の心理分析であれ、心理学者のアドバイザーの活躍の場は多い(トランプの時代になってからのことは分からないが)。

 実際、心理学を組み入れた経済学理論である「行動経済学」の代表的な研究者であるダニエル・カーネマンは、心理学(経済学部に異動したわけでない)の教授の肩書きのまま、2002年にノーベル経済学賞を受賞している。行動経済学が明らかにした(薄々は分かっていても定式化したと言っていいだろう)ものに、人間は得より損のほうに強く反応するということがある。

 例えば、10万円のものを1万円まけてもらって得をした場合と、10万円で買ったものが近くの店で9万円で売っていることが分かり、1万円損をした気分になるのとでは、多くの人は、前者の得した気分より、後者の損をした気分のほうが強く感じるだろうし、後々まで尾をひく。心理学の実験では、損のインパクトは得のインパクトの2.25倍だそうだ。

 こういうことを真面目に研究した行動経済学は、おそらくは「人々が合理的に判断する」という前提で想定された旧来型の経済学より、はるかにまともな行動予測が可能になり得る。

 旧来型の経済学では、1万円の昇給が経済を好転させる効果と、1万円の減給が経済を悪化させる効果は同じということになる。ところが、行動経済学の考え方では、1万円給料が下がったショックは、2.25万円給料が上がった喜びと同等の心理的インパクトがあることになる。そして恐らくは、そのほうが現実の人間の行動予測に役立つ。

 経済学に心理学が大きなインパクトを与えたように、経営学やマネジメントでも相当な影響力を持つようだ。アメリカのビジネススクールに留学した人たちに聞くと、心理学の講義や演習をかなりの時間、課せられるようだ。

減税より増税、経費の拡大で不景気解消

 だから、昇給はすぐに消費に結びつかないが、減給はたちどころに財布のひもを締めさせるのはそういうメカニズムが働いているのだろう。これまでの長期不況で給料が下がり続けた時代の消費マインドを、少々のベースアップで変えることは困難だということになる。安倍首相が企業に昇給を求めても、企業は利益が減らない程度にしか昇給しないのでは、消費も増えないし、物価も上がらない。というか、不景気はちょっと給料が下がっただけで簡単に生じるが、景気を良くするのは難しいということになる。

 このような心理特性(特に実験などで明らかになった心理特性)を知る心理学者を利用すれば、経済学者が考えるのとは別のソリューションが考えられるだろう。

 私が、この理論を読んで考えたことは、減税には経済学者が考えるより景気浮揚効果がなさそうだということだ。

 要するに減税で得をした喜びは想像されるほど大きなものではないので、それが消費には結び付きにくいということだ。心理学の実験を見る限り、アメリカ人でさえ、得にあまり反応しないのだから、もっと貯蓄傾向の強い日本人は、減税が消費より貯蓄につながってしまうことは大いに予想できる。

 逆に増税というのは、損を恐れる効果を活性化させることになる。例えば、消費税の増税が決まると、その前にかけこみ需要がかなり生じるのは、上がった後でものを買って損をしたくないからだろう。ただし、この場合は、消費税を上げた後の、「損だから買わない」という反動が大きく出てしまう。

 例えば、直接税を上げて、経費を認めるというのはどうだろうか?

 この場合は、税金を持っていかれるのは損という心理が働きやすいので、もっと経費を使うようになる効果が期待できる。実際、法人税や所得税が高かったころのほうが、中小企業や自営業者たちは、税金を払いたくない心理から接待費で豪遊していたり、高級車を買ったりする人が多かった。

 所得税を増税する代わりに、サラリーマンにも洋服代どころか食費も働くための経費として認めたら、消費が活性化するかもしれない。政府のホストコンピューターにつながったレジから出たレシートは全部経費として認めるなどということができれば、そんなに実用化は困難でないし、レジの機械の会社も儲かるし、さらにいうと、商店からは売り上げの捕捉がしやすくなり、税逃れも防げる。

減税効果が長く続かない理由は?

 得より損に反応するというのは、あくまで心理学を応用した経済学の一面に過ぎない。また、常に同じような行動をとるとは限らない。

 例えば、今得をしている場合は、損をしたくないというリスク回避傾向に人間の心理は傾くが、損をしている場合は、損をするリスクをとっても大きく得をしたいという心理が働く。競馬などで負けがこんでくると、損をする確率が上がるのに大穴狙いをして負けを埋め合わせようとするのは、その一例だ。

 また、人間というのは、絶対値より変化に過敏に反応することもある。年収100億円のAさんと年収300万円のBさんを比べれば、Aさんが幸せと思われるだろうが、Aさんの去年の年収が101億円で、Bさんの去年の年収が280万円だったとしたら、1億円収入が減ったAさんは不幸に感じるし、20万円収入が増えたBさんは幸せに感じるということになるだろう。

 景気対策として減税をするのは簡単だが、税率を戻した時の不満が大きいので、減税をなかなか終えることができない。1999年に高額所得者の所得税率を50%から37%に下げた。その際には、金持ちが反応して、確かに株価は99年初頭の1万3000円から2000年には2万円を超えるまで上昇した。ところが、同じ税率のままだったのに、2003年には株価が7607円まで下がっている。

 減税の効果は長く続かないし、お金持ちがさらにお金を持ったところで予想したほど投資には回らないということを明らかにする事例だと思う。その後、最高税率はわずかに上がったが、株価は元には戻らなかった。その間に国の借金が膨れ上がったのはご存知の通りだ。

問題続出でも安倍一強は続く

 話を変えて、政治情勢を心理学の観点から見てみよう。森友学園事件に始まって、夫人の関与が疑われたり、昔からの親友の学校に莫大な補助金が支払われていることなど、金銭にまつわる疑惑が高まっているうえに、大臣の失言が相次いだり、政務官の道徳的なスキャンダルまで暴露されているというのに、安倍政権の支持率はびくともせず、むしろ野党第一党の民進党の支持率のほうが低迷している。

 この不思議な現象も心理学では説明がつく話だ。一つには、「現状維持バイアス」というものがある。

 前述のように、人間というのは得をしている局面では、損失回避のほうに走る。賃金がどんどん下がっているとか、失業率が高い局面では、損をするかもしれなくても、新しい政治を求める(アメリカの場合は、一見景気が良さそうだが、賃金が下がり、失業率が高いラストベルトとされる地域の人によるトランプの支持が優勢だった)。しかし、少しずつではあるが、失業率が下がり、賃金も上がり出す局面になると、また野党にやらせて損をするより、今のままがいいという現状維持バイアスが働く。

 損や得は主観的なものだから、ドルベースでは民主党時代より賃金が下がっているとか、非正規雇用が増えているとか、国の借金が増えていることより、目に見える賃金や失業率をみて、多くの人が得をしていると思っているのだろう。

 さらに、緊迫する北朝鮮の状況もみて、被害を受けて損をしたくない心理が増しているのかもしれない。多少アメリカべったりでもこわもてで、アメリカによる防衛を確かなものにしてくれる政府のほうが損は避けられるという感覚だ。

 もう一つは「同調心理」である。人間というものは、友達が増えるとか出世できるといった目に見える得がなくても、身近な人に同調するという不思議な心理特性がある。

 アッシュという心理学者は、長さの違う棒を見せて、別の1本と長さが同じ棒を選ぶというテストを行った。周りに誰もいないところだと誰も間違えないのだが、3人ほどのサクラに間違えた答えを言わせると、3割くらいの人がそれにつられることを明らかにした。

 人間はある一定の確率で放っておいても同調するのなら、政治においても支持率が高いほうに同調する人が増えても不思議でない。そういう点で、当面は、よほどの円高などが起こらない限り安倍政権は盤石とみるのだが、どうだろうか?

 この手の心理学を使った経済などの見方を知ったり、判断のバイアスを減らす参考にしてもらうために『「損」を恐れるから失敗する』(PHP新書)という本を上梓した。興味がある人は読んでほしい。多少は仕事や人生に役立つと信じている。